
とおいとおいむかしの諏訪は、とってもすごいところのようでした。いたるところにジャングルのような藪が茂り、猛獣や毒蛇などがのさばり歩き、人間なんかとうてい住めないようなところでした。
こんなひどい諏訪を、今のように大変暮らしやすい諏訪のもとを作って下さったのが、お明神さまのタテミナカタノミコト(諏訪市中洲神宮寺 諏訪大社上社)と女神のヤサカトメノミコト(下諏訪町 諏訪大社下社)のおかげだといわれています。
お明神さまはとても立派な方でした。見上げるような高い背、髪の毛をみずらに玉に巻き、真っ白い麻の服を着て、首には青や紫の玉をつけていました。じっと澄んだまなこ、そのおおしさ・・・・老若男女の誰もが、息をのんでひきこまれるような方でした。
奥さんのヤサカトメノミコトも、このうえない美しい方でした。長い黒髪を真ん中で分けて背中にたらし、山吹の花を巻き、真っ白い服に燃えるような赤い帯を結んでたらしました。首には首玉、耳に耳飾、手には手玉をつけ、雪のように白い肌・・・・まるで湖の精のような美しさ。また、奥山の女神のように奥ゆかしい方でした。
この二人の神様は、家来の神様と力を合わせて、荒れ果てた土地を切り開き、稲や粟などを植えさせました牧場を作って馬を飼わせ、また丸木舟をこしらえさせて、魚の採り方を知らせたりしました。それから、桑の育て方、蚕の飼い方、機織などを伝えました。
このような努力の甲斐あって、諏訪は寒い国ではあっても、海の幸や山の幸に恵まれて、住みよい楽園になりました。その上、二人の神様は、うんとむつまじく暮らし、この諏訪の地は、いよいよ明るく楽しい平和な国となりました。
二人の神様は仲良く暮らしていましたが、あるときちょっとのことで大喧嘩をしました。
「わたし、でていくわ。」
女神は怒って御殿を飛び出しました。そして、いろいろ日常使うものといっしょに、お化粧の湯を綿にひたして、湯玉にいて出て行きました。神宮寺の岸から、舟にお乗りになって、どんどん舟を漕ぎ出しました。湖の北の下諏訪にさっさとうつって住みました。ところが、あわてたので、途中で綿に湿したお化粧の湯の雫が、ぽたりぽたりとところどころへ落ちました。するとどうでしょうか。この雫の落ちた土の中からあっつい水―温泉が噴出したのです。
今、神宮寺からてんてんと一直線に、下諏訪まで温泉が湧き出ているのがそれです。飯島や赤沼は、ぽつりとひとしずくしか落ちなかったのでぬるく沸き、たらたらとこぼした田宿、湯の脇、大和からは、あったかいお湯が沸きました。また、綿を置いて休んだところ――小和田からはどくどくとたくさんのお湯が出ました。下諏訪にお着きになって綿を捨てた所が綿の湯で、ここがもっとも多くしかもあっついお湯が湧き出ました。
さて、女神に出て行かれたお明神さまは、神宮寺にのこって仕事の指図をしていました。でも、冬になると仕事がなくなりました。女神に会いたくてたまらなくなりました。見ると諏訪湖一面は厚い氷に覆われていました。向こう岸の下諏訪が見えました。
「そうだ。氷を渡って女神に会いに行こう。」
お明神さまは、真夜中、どんどんと氷の原っぱを走って渡りました。
「ダダダダ・・・・ガアーン。」
ものすごい大きな音がして、厚い氷が裂けました。次の日の朝見ると、小高く盛り上がった山脈が、お明神さまの通った神宮寺から、ずぅっと諏訪湖の真ん中を横切って、下諏訪の女神のところまで続いていました。この二人の神様は仲直りをしました。そして、お明神さまは冬の間は女神と過ごしました。
それからあと、毎年冬になって諏訪湖が凍って、4、5日たつと、お明神さまは氷の原っぱを渡って女神に会いに行きました。するとやはり、通ったあとに氷の山脈ができました。
「御神渡りだ。お明神さまがお渡りになった。」
みんな言い合いました。そして、春になると氷の山脈もいつかなくなり、白一色だった湖の上に、まわりの若緑が映りました。
「おお、お明神さまがお帰りになった。」
と、みんな語り合いました。今でも、冬になって諏訪湖一面に凍り、4、5たつと、御神渡りがあります。
こんなひどい諏訪を、今のように大変暮らしやすい諏訪のもとを作って下さったのが、お明神さまのタテミナカタノミコト(諏訪市中洲神宮寺 諏訪大社上社)と女神のヤサカトメノミコト(下諏訪町 諏訪大社下社)のおかげだといわれています。
お明神さまはとても立派な方でした。見上げるような高い背、髪の毛をみずらに玉に巻き、真っ白い麻の服を着て、首には青や紫の玉をつけていました。じっと澄んだまなこ、そのおおしさ・・・・老若男女の誰もが、息をのんでひきこまれるような方でした。
奥さんのヤサカトメノミコトも、このうえない美しい方でした。長い黒髪を真ん中で分けて背中にたらし、山吹の花を巻き、真っ白い服に燃えるような赤い帯を結んでたらしました。首には首玉、耳に耳飾、手には手玉をつけ、雪のように白い肌・・・・まるで湖の精のような美しさ。また、奥山の女神のように奥ゆかしい方でした。
この二人の神様は、家来の神様と力を合わせて、荒れ果てた土地を切り開き、稲や粟などを植えさせました牧場を作って馬を飼わせ、また丸木舟をこしらえさせて、魚の採り方を知らせたりしました。それから、桑の育て方、蚕の飼い方、機織などを伝えました。
このような努力の甲斐あって、諏訪は寒い国ではあっても、海の幸や山の幸に恵まれて、住みよい楽園になりました。その上、二人の神様は、うんとむつまじく暮らし、この諏訪の地は、いよいよ明るく楽しい平和な国となりました。
二人の神様は仲良く暮らしていましたが、あるときちょっとのことで大喧嘩をしました。
「わたし、でていくわ。」
女神は怒って御殿を飛び出しました。そして、いろいろ日常使うものといっしょに、お化粧の湯を綿にひたして、湯玉にいて出て行きました。神宮寺の岸から、舟にお乗りになって、どんどん舟を漕ぎ出しました。湖の北の下諏訪にさっさとうつって住みました。ところが、あわてたので、途中で綿に湿したお化粧の湯の雫が、ぽたりぽたりとところどころへ落ちました。するとどうでしょうか。この雫の落ちた土の中からあっつい水―温泉が噴出したのです。
今、神宮寺からてんてんと一直線に、下諏訪まで温泉が湧き出ているのがそれです。飯島や赤沼は、ぽつりとひとしずくしか落ちなかったのでぬるく沸き、たらたらとこぼした田宿、湯の脇、大和からは、あったかいお湯が沸きました。また、綿を置いて休んだところ――小和田からはどくどくとたくさんのお湯が出ました。下諏訪にお着きになって綿を捨てた所が綿の湯で、ここがもっとも多くしかもあっついお湯が湧き出ました。
さて、女神に出て行かれたお明神さまは、神宮寺にのこって仕事の指図をしていました。でも、冬になると仕事がなくなりました。女神に会いたくてたまらなくなりました。見ると諏訪湖一面は厚い氷に覆われていました。向こう岸の下諏訪が見えました。
「そうだ。氷を渡って女神に会いに行こう。」
お明神さまは、真夜中、どんどんと氷の原っぱを走って渡りました。
「ダダダダ・・・・ガアーン。」
ものすごい大きな音がして、厚い氷が裂けました。次の日の朝見ると、小高く盛り上がった山脈が、お明神さまの通った神宮寺から、ずぅっと諏訪湖の真ん中を横切って、下諏訪の女神のところまで続いていました。この二人の神様は仲直りをしました。そして、お明神さまは冬の間は女神と過ごしました。
それからあと、毎年冬になって諏訪湖が凍って、4、5日たつと、お明神さまは氷の原っぱを渡って女神に会いに行きました。するとやはり、通ったあとに氷の山脈ができました。
「御神渡りだ。お明神さまがお渡りになった。」
みんな言い合いました。そして、春になると氷の山脈もいつかなくなり、白一色だった湖の上に、まわりの若緑が映りました。
「おお、お明神さまがお帰りになった。」
と、みんな語り合いました。今でも、冬になって諏訪湖一面に凍り、4、5たつと、御神渡りがあります。