2008年10月29日水曜日

10月29日ゼミ

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2008年10月15日水曜日

長野県の財政力指数

卒論について

山田 諏訪地域の観光産業のみ

渡辺 富岡市富岡製糸場のみ

川田 入間のみ

坪井 比企郡の花のみ

潮崎 中野区のみ

猪井 久喜市のみ

浅妻 川越市@@のみ

鈴田 @@

熊谷 森

松本 ときがわ町の再生戦力



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市町村の統計 >ひとこと 財政力指数:市町村合併失敗の裏に財政力指数あり
財政力指数

2008年9月24日水曜日

2008年7月15日火曜日

諏訪大社 上社 前宮


※赤丸は御柱の位置
所在地:茅野市宮川
諏訪の神が最初に鎮座したといわれる聖地。前宮は本宮の東約2キロにあり、室町時代中期に神殿が現在地に移転され、今は祭典に必要な建物だけが残っている。三法を山で囲まれ、北東に傾斜した扇状地に位置する。本宮や、下社に比べると素朴なたたずまいに見える。

2008年7月14日月曜日

諏訪大社 上社 本宮


※赤丸は御柱の位置
所在地:諏訪市中洲神宮寺
本宮は、1500年~2000年前成立。 重要文化財。神体山とされる守屋山の麓、静かな原生林をバックに鎮座する本宮。大鳥居のある参道から境内に入ると「一の御柱」があるが、左の鳥居のあるほうが本来の入口である。鳥居から伸びる道の先は前宮に続いている。本殿を持たず、幣拝殿の左右に片拝殿が横に並ぶ独自の形で構成され、諏訪造りといわれる。この特殊な社殿の配置には、この地に息づいたさまざまな祈りの歴史が潜んでいる。現在の幣拝殿と片拝殿は江戸時代天保期に建てられた。

御柱祭の手順(上社と下社の違い)


2008年6月11日水曜日

2008年5月21日水曜日

長野県の七大盆地


  • 長野盆地
  • 上田盆地
  • 佐久盆地
  • 松本盆地
  • 諏訪盆地
  • 伊那盆地
  • 木曽盆地

長野県の三大山脈


  • 飛騨山脈
  • 赤石山脈
  • 木曽山脈

2008年4月14日月曜日

温泉と御神渡り(作成途中)


とおいとおいむかしの諏訪は、とってもすごいところのようでした。いたるところにジャングルのような藪が茂り、猛獣や毒蛇などがのさばり歩き、人間なんかとうてい住めないようなところでした。
こんなひどい諏訪を、今のように大変暮らしやすい諏訪のもとを作って下さったのが、お明神さまのタテミナカタノミコト(諏訪市中洲神宮寺 諏訪大社上社)と女神のヤサカトメノミコト(下諏訪町 諏訪大社下社)のおかげだといわれています。
お明神さまはとても立派な方でした。見上げるような高い背、髪の毛をみずらに玉に巻き、真っ白い麻の服を着て、首には青や紫の玉をつけていました。じっと澄んだまなこ、そのおおしさ・・・・老若男女の誰もが、息をのんでひきこまれるような方でした。
奥さんのヤサカトメノミコトも、このうえない美しい方でした。長い黒髪を真ん中で分けて背中にたらし、山吹の花を巻き、真っ白い服に燃えるような赤い帯を結んでたらしました。首には首玉、耳に耳飾、手には手玉をつけ、雪のように白い肌・・・・まるで湖の精のような美しさ。また、奥山の女神のように奥ゆかしい方でした。
この二人の神様は、家来の神様と力を合わせて、荒れ果てた土地を切り開き、稲や粟などを植えさせました牧場を作って馬を飼わせ、また丸木舟をこしらえさせて、魚の採り方を知らせたりしました。それから、桑の育て方、蚕の飼い方、機織などを伝えました。
このような努力の甲斐あって、諏訪は寒い国ではあっても、海の幸や山の幸に恵まれて、住みよい楽園になりました。その上、二人の神様は、うんとむつまじく暮らし、この諏訪の地は、いよいよ明るく楽しい平和な国となりました。
二人の神様は仲良く暮らしていましたが、あるときちょっとのことで大喧嘩をしました。
「わたし、でていくわ。」
女神は怒って御殿を飛び出しました。そして、いろいろ日常使うものといっしょに、お化粧の湯を綿にひたして、湯玉にいて出て行きました。神宮寺の岸から、舟にお乗りになって、どんどん舟を漕ぎ出しました。湖の北の下諏訪にさっさとうつって住みました。ところが、あわてたので、途中で綿に湿したお化粧の湯の雫が、ぽたりぽたりとところどころへ落ちました。するとどうでしょうか。この雫の落ちた土の中からあっつい水―温泉が噴出したのです。
今、神宮寺からてんてんと一直線に、下諏訪まで温泉が湧き出ているのがそれです。飯島や赤沼は、ぽつりとひとしずくしか落ちなかったのでぬるく沸き、たらたらとこぼした田宿、湯の脇、大和からは、あったかいお湯が沸きました。また、綿を置いて休んだところ――小和田からはどくどくとたくさんのお湯が出ました。下諏訪にお着きになって綿を捨てた所が綿の湯で、ここがもっとも多くしかもあっついお湯が湧き出ました。
さて、女神に出て行かれたお明神さまは、神宮寺にのこって仕事の指図をしていました。でも、冬になると仕事がなくなりました。女神に会いたくてたまらなくなりました。見ると諏訪湖一面は厚い氷に覆われていました。向こう岸の下諏訪が見えました。
「そうだ。氷を渡って女神に会いに行こう。」
お明神さまは、真夜中、どんどんと氷の原っぱを走って渡りました。
「ダダダダ・・・・ガアーン。」
ものすごい大きな音がして、厚い氷が裂けました。次の日の朝見ると、小高く盛り上がった山脈が、お明神さまの通った神宮寺から、ずぅっと諏訪湖の真ん中を横切って、下諏訪の女神のところまで続いていました。この二人の神様は仲直りをしました。そして、お明神さまは冬の間は女神と過ごしました。
それからあと、毎年冬になって諏訪湖が凍って、4、5日たつと、お明神さまは氷の原っぱを渡って女神に会いに行きました。するとやはり、通ったあとに氷の山脈ができました。
「御神渡りだ。お明神さまがお渡りになった。」
みんな言い合いました。そして、春になると氷の山脈もいつかなくなり、白一色だった湖の上に、まわりの若緑が映りました。
「おお、お明神さまがお帰りになった。」
と、みんな語り合いました。今でも、冬になって諏訪湖一面に凍り、4、5たつと、御神渡りがあります。

2008年2月8日金曜日

川だっておしゃれがしたいのっ



↑ これは、家の目の前にある川。舟渡川と言って、諏訪湖に水を注いでます。

昨日の画像の諏訪湖と同じで、やっぱり氷が張っています。

これは、表面の雪が、太陽の光で溶けていく様子の写真ですが、きれいなまん丸でおもしろいなと思って撮ってみました。表面に少しでも黒いものがあると、そこに太陽の光が集まって、徐々に徐々に熱が外側に伝わっていくそうです。それで、こんなおしゃれなドット柄の模様に。。。笑


↓ちなみに、ドットが増えすぎると・・・・・・



う~ん、気持ち悪いかも・・・

太陽の光の力は偉大なもので、あっという間にこの模様は消えてしまいましたがね。

2008年2月7日木曜日

御神渡り



↑ 本日の諏訪湖。全面結氷して、その上に雪が積もってます。知らない人が見たら、おそらく湖とは思わないでしょう。。。昔は、人がたくさん乗っても割れないほど氷が厚く、スケートなんかしていたようですが、今はちと危険です。





↑ これが、今できてる御神渡り。画像悪い&アップできなかったため、こんな写真しか撮れませんでした。氷の上に雪が降ってしまうと、意外なことに雪が毛布の役割をしてしまうので、氷が解けやすくなってしまいます。写真のとおり、今年の御神渡りはちょっと迫力不足ですね。








ここから、ライブカメラを操作して諏訪の様子が見れます。


御神渡りを詳しく知りたかったら→ココ あたしの写真なんかよりもきれいな写真がいっぱい!

自己紹介

埼玉の大学に通う大学生です。 そろそろ卒論に向けての資料集めのため、いろんな情報をこのブログにアップしていこうと思います。